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執筆者の写真カトウ

思い込みという名の壁

更新日:2020年4月10日



※この物語は年齢退行セッションを元にしたフィクションです。



長い間、難治性の病気を抱えている。

いろいろ試してみたけれど、良くならない。


常に、不安や恐怖を感じる。

周りの目も気になる。


気持ちの持ちかたによるものなのか。

何がこの病気を引き止めているのか。


 

野原の向こう側に海があり、端は崖になっている。

崖っぷちには、長く続く壁があった。



家に向かって歩いている。

ここは地元の、家からは遠く離れたところ。


中学生の自分は、ただ淡々と歩いている。


この子は「家には帰りたくない」と思っている。

でも、帰らざるを得ないから、時間をかけて歩いている。


家は経済的に安定しているし、家族は賑やか。

だけど、帰りたくない。



長い時間かけて歩いたけれど、家に着いちゃった。

家を外から眺めながら、こう思う。


「帰っても、話し相手がいないな」

「話を聞いてくれる人がいなくなった」


道を歩きながら、ずっとそう思っていた。



今まで私の話しを聞いてくれていた

おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん。

みんな、亡くなった。


お母さんは、私のことをいつも守ってくれるけど

ちょっと、キツいところもある。

仕事、家事、やることが多いから仕方ないんだけど

もう少し、キツくなければよかったのに。


そんなふうに、この子はずっと

母の機嫌をうかがいながら家にいる。


一生懸命、お母さんに気を遣っているけれど

お母さんには、それほど伝わってないみたい。



中学生の自分の横に、今の自分が座って話しかけた。

「そんなこと、あったね」


中学生の自分は「うん」と言った。


この頃、学校にいれば友だちがいるから楽しかった。

家に帰れば、お母さんは忙しくて自分の時間がない。

だから、自分のために時間をさいてくれることもない。


それがちょっと、寂しくて。

だから、家にいるよりも学校にいたかった。


大人になった今も、この頃と同じ気持ちでいる。

本当は、話を聞いてもらいたい。


家族は結構お喋りで、私が聞き役。

話を聞かせるわりに、みんなは私の話に反応しない。

頑張って、すきを見ては話すんだけど。


もうちょっと、私の話を聞いてほしい。

そういう期待はあるけれど、叶わない。

聞いてもらえず、欲求不満。


しまいには「別に話をしなくてもいいや」となる。

今の自分は、そんなふうに諦めてる。


でも、中学生の自分は諦めてない。

若くて、まだこのことがどういうことなのかが、わかっていない。


家族はそれぞれ個性が強い。

みんなみたいに、本当は自分も目立ちたい。

でも、目立てない。


そんな中

「成長したら、役に立てる人でありたい」

この子は、そんなふうにも思っている。



だから、中学生の自分に向かって、こう言った。


「目立っていたほうがいいかというと、そうでもない。

この中にいて、目立たなくてもいいと思う。

役割的には影で支えるタイプだから、目立つことに固執せずに。

きっとできることがある。

できることをやったほうがいい」


そう言ったら、中学生の自分は驚いている。

そんなふうに思ったことが、なかったみたい。



元々、静かにしていたいタイプだった。

だけどその頃は「静かな人でも活発に」というような風潮があった。

自己主張をさせる機会が多くあって、学校ではみんなにそうさせた。


その流れから「自分もそうしなくちゃ」という意識でいた。


中学生の自分は、そうできない自分を責めていた。


だから

「もう責めなくていい」

「あなたのままでいていい」

と伝えた。


やっと、気持ちが楽になったみたい。


でも、この子はまだ、いつも一緒にいて話せる存在がほしいと思っている。

話し相手がいないのは、若いこの子には確かにキツい。


「いつでも会いに来るよ」


そう言ったら、喜んでいた。



野原を見渡すと、崖にあった壁がなくなっていた。


「話をきいてもらえない自分」

「目立てない自分」

「活発にできない自分」という思い込み。


それは自分にとっての、一つの壁。


壁にぶつかっては、跳ね返される。

そして、壁を越えられない自分を責めていた。



そのあと、メッセージが届いた。


「病気、すぐ緩む。

再発したときは、自分を責めてると思っていい。

気づきにくいから。

それが、心持ちを見直すときのサインだよ」



自分をどうやってセーブしていったらいいのかが、わからずにいた。

昔の自分の話を聞けてよかった。

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