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  • カトウ

たった一つだけやり残したこと


※この物語は前世退行、胎内退行を元にしたフィクションです。

大昔、何百年も前。

南アジアの小さな町の中、痩せた初老の男が歩いていた。

せっかく久しぶりに町に来たのだから、少し町を巡ってみようかな。

ふらりと散歩でもするような感覚で、町を歩いた。

町の中は賑わって楽しそうだけど、ここは自分には関係ない。

男は修験者。グレーの衣を身にまとい、裸足で歩く。

いつもは、山に籠もって修行をして暮らしている。

通りかかった家から、怒鳴り声が聞こえてきた。

女の人が数人、家のお婆さんに礼儀作法について、ああしろこうしろと、うるさく言われていた。

女の人たちは、黙ってその言葉に耐えている。

「私が耐えたんだから、こうしなさい!」「女なんだから……。」

女の人って、大変だな。

ふと、修行に出る前のことを思い出した。

父が、母に向かってこう言っていた。「二人じゃ足りない。もっと子どもを産め。」

妹にはこう言っていた。「早く結婚しろ。」

女だってだけで、制約がある人生なんだな。

男だったらこんなことはないのに。

女性のことが心配だけど、自分にはどうすることもできない。

自分は裕福な家に生まれた。

家を継ぐ立場だけれど、そんなことは女性の苦労の比ではない。

男だってだけで、自分は黙っていてもいろんなものが手に入る。

でもそれは、何一つとして自分で勝ち得たものじゃない。

楽に手に入るものは、何か違うと思った。

この家には嫌気がさす。家は継ぎたくない。

人から与えられたものではなく、何かを成したい。

歳にして20代半ば、荷物をまとめ家を出た。

そして自分を追い込む道を選んだ。

住まいは木造りの小屋。人一人がやっと寝ることができるくらいのスペースのみ。

持ち物も、手荷物程度のものだけで暮らす。

あらゆる苦行、思いつく限りの修行をした。

体を鍛え、辛いことは一通りやったけど、まだ修行し足りない。

母と妹が大変な思いをしているのに。

修行をし続けたら、何かがわかるんじゃないか。

女性のおかれる境遇は、男の自分には絶対にできない苦行。

様々な苦行を重ねたけれど、これは自分がたった一つだけできなかったことだ。

納得いかないまま歳をとり、おじいさんになった。

自分の道を極めようとしたけれど、極めきっていない。

女の人生は、男である自分には極められない。

最後の修行は即身仏。何も食べずに死ぬことだ。

母と妹に伝えたい。

「あらゆる苦行はやったけれど、あなたたちの苦痛は一生かかってもわからなかった。」

間違った方向に努力したのかな。

苦労しても、それに見合ったものが得られるとは限らない。

家を出ずに、家族の傍にいて共感する、って人生もあったんだ。

大変な思いをしなきゃならないと思って、自分は見当外れな努力をしたかもしれない。

受け継ぐことを嫌って家を出たけど、受け取らない方法でなく、受け取って努力する方法もあったな。

母も妹も、共感してあげればかなり違ったかもしれない。

まもなく命が絶える。

どこからともなく、こんな言葉が聞こえてきた。

「散々、見当外れな努力をしたからそれに気づいた。だから、やったことは無駄にはならない。」

そうか、自分で大変な思いをして掴むことができたものもある。

人から与えられたものに、意味なんてない。

男だから、制約がなくて、やろうと思ったら自分で切り開ける。

これは女性であればできなかったことだ。

ずっと答えを探していたけれど、やっと一つ見えた。

今度は暗いところにいる。

自分は赤ん坊の姿で、今は母親のお腹の中にいる。

父親と母親が話をしている。

「男の子がほしい。男の子だったら、こう育てよう。」

今度は女で生まれてくるのにな。

女の子でごめん。

多分、がっかりされるんだろうな。

親がそう思っているのなら、生まれたら男の子の遊びがしたい。

女の子って、あまりいいものじゃない気がする。

次は、この前どうしてもできなかった修行、女の人生を全うすること。

女、クリアするの大変なんだろうな。

でも、強かった男の記憶を持って行ったらなんとかなるかも。

                          END

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