通り過ぎる愛
- カトウ
- 2016年6月7日
- 読了時間: 3分

※この物語は前世退行を元にしたフィクションです。
ドイツの中心地から遠く離れた場所。
カラカラに乾いた広大な土地に、ぽつんと一軒の家があった。
家の前には真っすぐな道がある。
道は、はるか遠くに見える山並みと、その向こうにある町まで続いている。
道の上に立つ一人の少女。
歳は11歳、おさげ髪に赤いワンピース、白い帽子を身につけた子。
いつもは質素な格好だけど、今日は立派な服を着せられた。
今から、町の貴族が私を迎えに来るから。
私の家は開拓農家。
最近、ひどい干ばつがあった。
農作物が採れず、家にはもうお金がない。
だから、私は売られる。
さっき、最後の食事を家族で食べた。
玉ねぎのスープ。いつもお母さんが作ってくれる。
食卓には、お母さんはいなかった。
窓から、畑仕事をしているお母さんの後ろ姿が見える。
お母さんは最近私のほうを見ないし、話しかけてくれなくなった。
お父さんとお爺ちゃんは、うつむいて言葉少なくスープを食べていた。
弟はまだ小さくて何が起こるかもわかっていない。
ただ無邪気に笑っている。
立派な馬車が来て、高級そうな身なりの男の人が出てきた。
泣きたい。でも、どうしようもない。
そして私は馬車に乗せられ家を去った。
真っすぐに続く道、山の向こう側、一度も行ったことのない町へ向かって。
大きなお屋敷に着き、住み込む部屋を案内された。ここでメイドとして働く。
小さな部屋だけど、綺麗で清潔さがある。
売り飛ばされたのは悲しかったけど、ここも悪くはなさそうだな。
このお屋敷の貴族は、夫婦二人だけ。
ご主人も奥様も、子どもがいないからと私のことをとても可愛がってくれた。
私に良くしてくれるご夫婦だったから、一生懸命働いた。
しばらくして、ご主人が病気になった。
そして、跡継ぎが必要だと、私を養子にした。
礼儀作法は仕事をしながら見て覚えていたから、私も十分貴族でやっていける。
大人になり、パーティーで知り合った男性と結婚した。
そしてご主人夫婦は、私が結婚した後に亡くなった。
貴族の家ではお酒を扱っていて、代々それで栄えていた。
夫の目当てはその財産だった。
子どもは授かったけど、夫と私の間に愛はなかった。
夫は仕事をせず、思いつく限りの浪費をし、酒びたりの毎日を送った。
しまいに夫は頭がおかしくなり、数年後、橋から川に飛び込んで自殺してしまった。
身内は娘だけになった。
みんな死んでしまったのに、悲しいとも思わない。
誰もが私の前に勝手に現れ、そして勝手に消えていく。
人は、私の前を通りすぎていくだけの存在。
私は、他人から認識されることのないまま通過される、そんな存在。
親は、少しのお金のために私を売った。
ご主人と奥様は私を可愛がってくれたけど、愛されていたかというと実感はない。
夫は家と結婚したような人だったし。
愛したり、愛されたりという感覚が、この人生にはなかった。
忠誠を尽くすこと、義務、それがすべて。
娘が成長するにつれ、親子関係は壊れていった。
愛されたことのない私は、人の愛しかたを知らなかった。
知っているのは忠誠だけ。
だから、娘にも人に従う生き方を押し付けることしかできなかった。
大きくなった娘は、私に嫌気がさしたと家を出て行った。
その後は、孤独に暮らした。
財が十分にあったから生きていくことはできたけど、毎日がただ虚しい。
歳月が経ち、白髪になるほど歳をとり、病床に臥した。
足が弱って歩けなくなり、肺炎を患った。
家は、私がそうしてもらったように、信頼できる使用人に譲ることにした。
愛することも、愛されることも知らない人生。
ただ空虚な時間が流れ続けた人生。
生まれかわることができるのなら、次は、愛して、愛される人生を送ろう。
お金も物も、何もいらない。
お金がたくさんあっても、虚しい心を埋めることはできないから。
いつか、本当の愛を知りたい。
END