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カトウ

囚われの想い


※この物語は前世退行を元にしたフィクションです。

酒場のカウンターで飲んだくれている男が、不機嫌そうにこう言った。

「ダンスを踊って金を稼いでこい。」

盛り場に10歳の黒人少女がいた。

振り向きもせずそう話すのは、少女の父親。

私のいるところじゃない。でも、ここにしかいれない。

酒場のステージに立つと、観客が野次を飛ばす。

「なんで黒人なんだよ!!」

一生懸命踊っていたけど、悲しくて踊れなくなっちゃった。

なんで私ばっかり、こんなに言われるんだろう。

私は黒人。周りは白人。

やっぱり、黒人だからかな。

1900年台のアメリカ、小さな貧しい家に生まれた。

私はお姉ちゃん。弟と妹がたくさんいる。

皆、怯えてうずくまり泣いている。

怒鳴り散らすお父さんが怖い。

お父さん、荒れに荒れている。

「こんなに貧しい家庭になったのはお前たちのせいだ!!」

「お前が働け!!」

弟も妹もまだ小さい。

だから、私が働かなくちゃ。

そうして、夜の盛り場で仕事をするようになった。

踊り続け、大人になった。

ドレスまとい、顔立ちを引き立たせるメイクをし、涼しげな目を持つダンサー。

ラテンアメリカンではトップクラスの実力。

練習場でストレッチをしながら、目は真っ直ぐ逸らさずにいた。

それは、目を逸らせば差別を感じてしまうから。

表情には一切出さず、何も考えないよう、自分で自分の環境を整える。

今自分がすることは、ダンスで花を咲かせること。

真っ直ぐ自分の目標に向かうことだけを考える。

自分への厳しさ、それは壮絶なものがあった。

ある日、すらりと背の高い白人男性がこう言った。

「君はダンスが上手だね。僕は君と組みたい。僕の一番にしてあげる。」

そして、この男性とパートナーを組むようになった。

二人で切磋琢磨の日々を送り、大会も一緒に頑張った。

この人は、生涯ダンスのパートナーだった。

一体になれる喜び。

彼と踊っているときが、一番幸せ。

本当は、踊らないときでも一緒にいたい。

人並みに恋愛して、家庭を築いていけたら

彼の子どもを生むことができたら、どんなに幸せだろう。

ダンスの世界は、華やかさもあるけれど影もあった。

小さい頃からずっと差別されて生きてきた。

それを救ってくれたのは彼だった。

私のダンスの才能を引き立たせてくれる人。

彼がいたから、私はここまで光り輝くことができた。

ダンスをしているときだけが幸せ。

信じるものが、確かにここにあると感じるから。

でも、過去に囚われた。

小さい頃の自分の背景、生まれついた人種。

私は幸せになっちゃいけない。

私は価値のない人間。

環境が悪いことを自分の責任のように思っていた。

その罪の意識を拭い去れない。

彼に「私のこと、好き?」って聞きたいのに。

でも、私は黒人、彼は白人。

彼の意見を聞くのが怖い。

想いを打ち明けられぬまま歳をとり、病床に臥した。

ベッドに寝ている横には、私の右手をとる年配の男性がいる。

間もなく死が訪れようとしていた。

彼とは、男女の関係を持つことができなかった。

彼に伝えたいことがあるけれど、伝えられない。

「私のこと、好き?」って聞けなかった。

もし、生まれかわることができるのなら

彼とまた出会って、普通の男女として触れ合いたい。

お互いの想いがあれば、周りがどう思おうが実現できる。

家庭を持って幸せに暮らしたいという想いと

自分の想いを伝えることを大事にして、後悔しない生き方を選びたい。

辛い家庭だったから、楽しい家庭を作りたい。

不幸なことがあっても、それは長くは続かない。

必ずいいことが起こると信じて生きていく。

ダンスの才能は素晴らしい魅力。

自分の価値、魅力、才能を見つけたら、それを信じて生きていく。

どんな環境であれ、自分の持っているものに変わりはない。

だから、自信を持っていい。

信じていれば、助けてくれる人もいる。

そして、いろいろな愛に感謝していくこと。

自分の淋しさを伏せて、見ないようにしてはならない。

怒ってる顔、泣いてる顔、喜んでる顔

どんな顔だって、私の顔。

淋しいときには、誰でもなく、いつでも自分を抱きしめて。

そうしたらきっと、どんなときでも、自分の価値は変わらないと信じられる。

きっと、伝えられる。

            END

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