なずの匂い、残像と記憶
- カトウ

- 3月2日
- 読了時間: 2分

毎年この時期、何日か確定申告の事務で店をクローズする。
得意でない作業が続くと、ヒプノの静けさが恋しくなる。
最近、子どもたちがちょくちょく言う。
「なずが夢に出てきた」と。
そのたびに「え~いいな~」と、私も夢で会いたいな、と思っていた。
そんな中、今朝起きてリビングに入ったら、
強烈に犬の匂いを感じた。
「なずだ」
思わず、そう口にした。
来てくれたのかな、と、再会したみたいな気になった瞬間だった。
そこから感覚が切り替わった。
「もういない」じゃなくて「形が変わっただけ」
匂いは、そう長くは続かずに消えた。
もっと嗅いでいたかったな。
なずは、自分が美しいことを自覚していたと思う。
気高くて、きれい。
でも、よだれをぶら下げて歩けば、その抜け感をみんなが笑う。
自信のある余裕。
「私はここで愛されてるし、私は素敵」
その、なずの持っている安心感ごと思い出した。
悲しい思い出よりも
可愛かったな。
ヘンだったな。
毎日、大好きだったな。
そんな感覚で溢れた。
なずがいつも座っていた場所が、クッションで塞がっていた。
ここはなずの場所だよね。
なずの席をあけ、隣に座った時間は、幸せだった。
と、ちょっと感傷的になりましたが、ここからは記憶のお話。
「人間は、極端に言えば記憶で出来ている」
いろんな事象や出来事の連続。
そして脳へのプログラミング。
それが日々の動きや感覚を作っている。
正しく動くこともあれば、誤作動を起こすこともある。
“匂い”“臭い”は、本能に一番近い感覚。
私は時折、「今ここにない匂い」を感じる。
昔嗅いだ、いい匂いも、臭いも。
そこから立ち上がる「そのときの感覚」や「思い」
大抵は、形が変わってしまったもの。
だけど、匂いを感じた瞬間に、
形の違っている「今」との整合性がとれる。
理解し、受け入れ、フラットに均される。
記憶は、その人にぴったりのタイミングで浮上しては、整理して、
次のフェーズへ向かわせてくれる。
辛い思い出に執着しなければ、だけどね。
ひとりで自然に整うときもあるし、
どうにも引っかかって動けないときもある。
そんなとき、ヒプノは
「無理に変える」のではなく記憶の奥にある感覚を静かに見にいく。
今日の匂いみたいに、
心の準備が整ったものは優しく浮かび上がってくる。
今回の一連の出来事って
ヒプノ的には「嗅覚トリガーからの再統合」の事例でもある。
あぁ、早く通常業務に戻りたいよ。
「やりたくなーい」
の回避行動からの、ブログ投稿でした。


