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カルマってなんだ

  • 執筆者の写真: カトウ
    カトウ
  • 2024年12月4日
  • 読了時間: 3分

この類のものは

スピリチュアルと、とらえるか

歴史的社会学と、とらえるか


解釈はそれで随分変わってくる。



カルマとは

サンスクリット語で『行為』のこと。


『行いから派生したものが、良いか、悪いか』であり


良いも悪いもあるから

良いカルマもあれば、悪いカルマもある。


だけど、一般的には悪い意味でとられている。

何故、悪い意味でとられるようになったのか。



元を辿れば仏教の本場、南アジアのあの国の

身分を分ける制度から始まった。

かの有名な、今は無くなったとされているけど

なんだかんだで無くなってはいない、あの制度。


上は政治家に僧侶、商人などの階級。


下は庶民で人間扱いされない層。

『人にあらず』と認識される奴隷的階級の人たち。

殺しても罪にも問われない。


そんな扱いを受けているのに

下の人たちは下剋上の動きを見せることはなかった。



古い時代から、仏教の聖典には

因果応報の法則がちゃんと書いてあった。


『良いことをすれば良いことが起こり

悪いことをすれば悪いことが起こる』と。


これが、カルマ。


だけど、それは庶民に知られないよう操作されていた。

僧侶は、庶民にこう言っていた。


「お前は今、前世の罪を償っている。

今のこの階級はさぞかし辛かろう。

だけど償えば、生まれ変わって次の階級になれる。」


僧侶にそう言われれば

昔の庶民は学識がないから、この言葉を信じた。


「この言葉に背くことは、神に背くこと」

「今のこの辛い状況は来世のためのカルマだから、一生懸命生きなくてはならない」


だけど、本当のカルマの意味は、そうじゃない。


これは上の人間の都合で、正しい使い方をしてこなかったもので

社会維持のため、下の階級を封印するやり方だった。

「お前は罪人」と植え付けて、庶民を利用してきた。


下剋上が起きなかった理由は、これ。

だからその国は、社会維持できてきた。



原始仏教の時代から、教えの中には本当は上も下もなかった。

だから、カルマも同じで、上も下もない。


何かを格下にしたり、格上にしたり

そうしがちな人間の心のものさしになるのが

カルマ=行為。



悪いカルマと思うなら、手放せ。

良いカルマと思うなら、無制限で創り上げてゆけ。



カルマ=罪、ではないし

今の我慢=いつか良いことが起こる、でもない。


今の我慢……

その行為そのものを見て

自分がどうしてそうしているのか疑問に思って

理由がわかったら、手放して。


得意なことは、良いカルマ。

クリエイティブに、欲張って膨らませていって。

そして、たくさん喜んで。



人間に生まれたということは

良いカルマも、悪いカルマもある、ということ。


手放す数や重さは人それぞれ。

多分、死に際まで何かを手放し続けるのが人間。


そして、最期の最期まで何かを創り続けるのも人間。



手放すためのお手伝いも

創造性の開花へのお手伝いも


いつでもいたします。


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