何のために過去を思い出すのか
- カトウ

- 2025年12月26日
- 読了時間: 3分

毎年、気温が氷点下になり始めるこの時期は、
ストーブの前で静かに過ごす時間が増える。
師走といっても、何か特別なことをしなければならないわけでもない。
大掃除だって、やりたくなったときにやればいい。
こうして気持ちが緩むと、ふっと昔のことを思い出したり
思いがけないアイディアが浮かんだりする。
先日、
私がこの仕事を始めようとしたときに、父から言われた言葉を思い出した。
「何のために、過去を思い出すのか?」
そう問う理由は、なんとなくわかっていた。
父は、私がこの仕事をすることに賛成していなかった。
それでも私は「やるって言ったら、やるから」
そう言って、開業した。
今年は、両親との記憶にあらためて触れる一年だった。
「一周回って、インナーチャイルド」
そんな言葉が、しっくりくる年。
昔の父はいわゆるDV気質で、当時は特別珍しい存在でもなかった。
「外で出せない鬱屈を、家の中で発散するしかなかったのだろう」
そんなふうに、今なら距離をもって理解できる。
ただ、記憶をたどるとやはり、かなりひどいこともあった。
私が30歳を過ぎた頃、父はぽつりと、こんなことを言った。
「あの頃は、娘を持ち物のように思っていた」
その言葉を聞いたとき、さすがに言葉を失った。
それでも私は、長いあいだ「親に寄り添いたい」と思い続けていた。
理由は案外シンプルで、「元々好き」だったから。
「好き」という思いは尊いけれど、同時に少し厄介でもある。
執着も生む。
高校生の頃、父の暴力があったある日、
倒れていた私は立ち上がって、父に言った。
「話をしたい」
それは、当然のように通じなかった。
もっとひどい暴力で、その日は終わった。
通じないとわかっている相手に話し合いを提案するなど
今思えば、どうかしている。
それでも、そのとき話そうとした自分を、今は否定していない。
そこからまた、ある日のこと。
父の手が出そうになった瞬間、私は咄嗟にボディーブローを繰り出した。
倒そうと思ったわけではない。
たまたま映画か何かで見た動きが、みぞおちに入っただけだった。
父はその場にうずくまり、暴力は、その日を境になくなった。
咄嗟の一撃で物理的な支配は止んだものの
目に見えない支配は続いた。
「支配されていた」というより
「自分から、その関係に戻っていた」
それは「話しをしたかったから」
親離れできていると思っていたのはたぶん、頭の中だけ。
深いところでは、ずっと絡まったままだった。
その関係に、今年ようやく区切りがついた。
“家族という名の泥舟”から降りるまで、55年。
長かったけれど、やれることは、やったと思う。
「何のために、過去を思い出すのか?」
その父の問いに、今ならこう答える。
「今を説明するために、過去があるからだよ」
人の数だけ、過去があって
そこから形作られた今の姿がある。
そんな答えを胸に、 自分にも、ここまで来た人にも
「お疲れさま」
そう言って、ストーブの前で
この一年をそっと終わらせようと思う。
みなさま、どうぞ、よいお年をお迎えください。


